高次脳機能障害の症状と原因を徹底解説|障害の理解と適切な支援へ
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高次脳機能障害の症状と原因を徹底解説|障害の理解と適切な支援へ
交通事故や労災事故は、私たちの日常生活を一変させることがあります。特に、頭部外傷を負った場合、高次脳機能障害という「見えない障害」が残り、日常生活や社会復帰を大きく困難にするケースが少なくありません。
この記事では、専門的な資料に基づき、高次脳機能障害の定義、交通事故で多発する原因、そして見過ごされやすい症状について、図解で分かりやすく解説します。適切な支援を受けるための第一歩として、この障害への深い理解を目指しましょう。
1. 高次脳機能障害とは?定義と基礎知識
高次脳機能障害とは、脳の損傷により、記憶、注意、言語、感情といった高度な脳の働き(高次脳機能)に障害が生じ、日常生活や社会生活への適応が困難になっている状態を指します。
1-1. 脳の器質的な病変に基づく障害
高次脳機能障害は、外傷または疾病による脳の器質的な病変(脳の細胞や組織そのものの損傷)に基づくものと明確に定義されています。
この障害は、外見上、身体の麻痺や言語の障害(失語)のような症状を伴わないことが多いため、「見えない障害」とも呼ばれます。
1-2. 行政と医療で焦点が異なる定義に注意
私たちが「高次脳機能障害」という言葉を使うとき、その焦点は「行政による支援の定義」と「医療・学術的な定義」で異なる点に注意が必要です。
- 医療・学術的な定義: 記憶、注意、遂行機能、社会的行動の障害に加え、失語、失行、失認などの巣症状(脳の局所的な損傷に対応した症状)全てを含みます。
- 行政(支援・手帳)の定義: 精神障害者福祉手帳の交付対象となる障害として定義され、主に記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害に焦点が当てられています。失語・失行・失認などの症状は、手帳の交付対象としては別に扱われることがあります。
2. 高次脳機能障害の主な原因:交通事故で多発する病態
高次脳機能障害の原因は多岐にわたりますが、大きく分けて脳血管障害(脳卒中)と頭部外傷が二大原因です。
2-1. 外傷性脳損傷の主な原因と機序
特に、頭部外傷は高次脳機能障害の重要な原因です。厚生労働省の統計でも、頭部外傷を含む「不慮の事故」による死亡のうち、交通事故死(25.2%)が最も多いとされています。
交通事故や転倒などによる外傷性脳損傷では、損傷機序(脳が傷つく仕組み)が以下の2つに大別されます。
(1)局所性脳損傷と直撃/対側損傷
頭部を直接打つことで、打った場所(直撃損傷/coup injury)や、その反対側の脳(対側損傷/contrecoup injury)が損傷し、急性硬膜下血腫や脳挫傷などの局所的な病変を引き起こします。
(2)びまん性軸索損傷(DAI)と「見えない損傷」
交通事故による脳損傷で最も重要な病態がびまん性軸索損傷(DAI:Diffuse Axonal Injury)です。
これは、脳が頭蓋骨の中で強く回転したり揺さぶられたりする(角加速性損傷/A/D forces)ことで、脳の深い部分にある神経線維(軸索)が広範囲に引きちぎられ、損傷を受けるものです。
- DAIは、閉鎖性頭部外傷(頭蓋骨が割れない外傷)による後遺障害の主因とされます。
- 軽度脳外傷(MTBI)と診断されるような、軽い脳振盪でさえも、DAIの最軽症型として位置づけられています。
- DAIは、画像上すぐに異常が見つからないケースがあるため、「見えない障害」の原因となるのです。
3. 高次脳機能障害の主な症状と見過ごされやすい特徴
高次脳機能障害の症状は多岐にわたりますが、特に外傷性脳損傷で顕著なのは、記憶、注意、遂行機能、行動・情緒に関する障害です。
3-1. 認知機能に関する障害
| 症状 | 概要と日常生活での影響 |
| 記憶障害 | 新しい出来事や情報を覚えられない(記銘力障害)。日常生活では、言われたことをすぐに忘れ、約束や指示を何度も確認しないと実行できません。後遺障害認定で最も重要視される症状の一つです。 |
| 注意障害 | 集中力の低下、気が散りやすい、ぼーっとする、同時に複数の作業ができない。仕事でのミスが増える、車の運転で危険な状況を見落とす、といった原因になります。 |
| 遂行機能障害 | 計画を立てて、手順通りに物事を実行できない。家事や仕事で「段取りが悪い」「要領が悪い」と見なされます。社会活動能力(調理21.1%、金銭管理20.2%など)の自立度が極めて低い原因です。 |
3-2. 行動・情緒(社会的行動)に関する障害
外傷性脳損傷による高次脳機能障害の患者で、行動・情緒の障害を呈する割合は、脳卒中後の患者よりも明らかに多い(記憶・遂行機能障害と合わせて74.1%)という調査結果もあります。
- 感情のコントロールの障害(易怒性、情動失禁):ちょっとしたことで怒りっぽくなる、興奮しやすい、急に泣き出すなど、感情の起伏が激しくなります。
- 社会性の変化(幼稚性、脱抑制):子供っぽい、わがままになる、場所や状況にそぐわない行動をとる、依存的になる(児戯性)など、人格が変わったように見えることがあります。
これらの行動障害は、単なる**「性格の変化」ではなく、脳の器質的な損傷に基づく症状**であり、家族の介護負担や社会復帰の最大の障壁となります。
特に子供の交通事故による高次脳機能障害の「子供っぽい」行動や賠償については、こちらの記事で詳しく解説しています。
→ 【子供の交通事故】「子供っぽい」行動は要注意?高次脳機能障害の症状・回復・賠償を徹底解説
3-3. 「見えない障害」の最大の壁:「自己洞察性の低下」
高次脳機能障害が「見過ごされやすい障害」である最大の原因は、患者自身が障害を自覚できない「自己洞察性の低下(impaired self-awareness)」を伴うことにあります。
- 本人の認識の困難さ: 障害が重度であるほど、病識が低下・消失し、「物忘れは年齢のせい」などと症状を否定しがちです。
- 周囲との認識の乖離: 外見上は普通に見え、会話もできるため、周囲からは「怠けている」「わがまま」と誤解されやすく、本人の認識と家族・周囲の認識の間に大きな乖離が生じます。
そのため、診断や後遺障害認定においては、患者本人からの訴えだけでなく、家族や職場などの第三者からの詳細な情報(生活状況、行動変化の記録)が極めて重要になります。
4. 診断と検査:客観的な証拠の重要性
高次脳機能障害の診断は、脳の器質的な損傷と高次脳機能の障害(症状)の両方を客観的に証明することが求められます。
4-1. 脳の損傷を証明する画像検査
後遺障害の等級認定には、脳の器質的損傷の客観的な証明が不可欠です。
- CT・MRI検査: 脳挫傷や脳出血などの局所性損傷はこれらの画像で確認されます。
- 慢性期の脳室拡大: 受傷直後に異常が見られなかった場合でも、びまん性軸索損傷(DAI)の後遺症として、慢性期に脳の萎縮(脳実質の減損)が進み、全般性脳室拡大が起こることがあります。この脳室拡大の進行程度は、後遺障害の客観的な指標となるため、受傷当日の画像と比較検討することが非常に重要です。
4-2. 意識レベルと高次脳機能の評価
- 意識レベル: 受傷時の意識障害の重症度は、Glasgow Coma Scale(GCS)やJapan Coma Scale(JCS)といった客観的なスケールで評価され、脳損傷の重篤度を示す重要な指標となります。
- 神経心理学的検査: 記憶、注意、遂行機能などの認知機能を専門的に評価する検査(ウェクスラー記憶検査、BADS、FABなど)が用いられます。
交通事故による高次脳機能障害の後遺障害等級認定を受けるために押さえておきたいポイントはこちらの記事で解説しています。
→ 高次脳機能障害とは?後遺障害等級認定を受けるために押さえておきたいポイント
https://clkoshigayakotsujiko.com/higherbrain-dysfunction/
5. 障害を理解し、適切な支援とリハビリにつなげる
高次脳機能障害の回復には、長期的で継続的な支援が不可欠です。症状は若年例、軽度例ほど改善傾向があるという原則があり、諦めずにリハビリに取り組むことが重要です。
5-1. リハビリの目標は「代償手段」の習得
高次脳機能障害のリハビリテーションは、失われた機能の回復だけでなく、残された能力を最大限に活用するための適応訓練(代償手段の習得)を目標とします。
- 例: 記憶障害に対してメモ、チェックリスト、スマホの活用など、障害を補う方法を習得します。
- 環境調整: 日常生活場面での練習や、周囲の環境調整を行うことが、社会復帰への鍵となります。
高次脳機能障害のリハビリテーションの具体的な内容については、こちらの記事で解説しています。
→ 高次脳機能障害のリハビリは効果がある?ドリルや施設での内容・期間を解説
5-2. 交通事故後の後遺障害認定の重要性
交通事故で高次脳機能障害を負った場合、後遺障害等級認定を受けることが、損害賠償や長期的な生活保障に直結します。
後遺障害の等級は、介護の必要性の程度、労働能力の喪失の程度、精神症状の程度という3つの要素を総合的に評価して決定されます。
特に、常時または随時の介護が必要と認められる場合、**重度の等級(別表第1)**に該当し、賠償額が大きく変わります。
高次脳機能障害の損害賠償評価や等級認定に不安がある場合は、弁護士に相談すべきかこちらの記事も参考にしてください。
→ 交通事故の被害者で慰謝料を増額するために、弁護士に依頼するべきか
まとめ:高次脳機能障害は適切な理解と支援で生活の質を高められる
高次脳機能障害は、その特性上、周囲に理解されにくく、患者本人にとっても受け入れが難しい「見えない障害」です。
しかし、脳の器質的な病変に基づく症状であることを理解し、**「自己洞察性の低下」**といった特性を知ることで、家族は適切な支援を、医師は客観的な診断を、弁護士は適切な後遺障害認定を目指すことができます。交通事故や労災事故で頭部外傷を負った方は、専門家と連携し、諦めずに最適なサポートを求めてください。





